2011年の震災から7年が経った現在も、福島県浪江町、双葉町、大熊町、および周辺自治体の一部は帰宅困難区域に指定され、バリケードにより立ち入りが制限されている。立憲民主党が今年の3月に提出した原発ゼロ基本法案は、速やかな廃炉を決定し、省エネルギー・再生可能エネルギーへのシフトへと大胆に舵をきるものだ。

立憲民主党は原発ゼロ基本法案を作成するにあたり、全国各地でタウンミーティングを開催した。日本列島の北から南まで、集まった市民の声と向き合い、議員たちは提出直前まで法案のディティールを議論し続けた。

「この法案の作成のプロセスそのものが、とても大きな意味を持っているんです」と立憲民主党エネルギー調査会会長の逢坂誠二は言う。実はタウンミーティングを使った法案作成は、従来の政党の意思決定のあり方からすれば、異例のことだった。しかし、エネルギー調査会事務局長を務める山崎誠は、「エネルギー調査会のかなり初期段階で、タウンミーティングで法案を作ろうという方針は、とても自然に共有されていた」と証言する。

政治の側が一方的にビジョンを提示して国民に支持を集めるのではなく、ビジョンづくりから国民とともに議論し、最後には政治の側が責任をもって社会を動かしていく。立憲民主党のこうした姿勢が明確になった原発ゼロ基本法案の作成プロセスは、この春にスタートした「立憲パートナーズ制度」にも、多くの影響を与えているはずだ。市民とともに作り上げた原発ゼロ基本法案は、結果として、今後の立憲民主党のあり方を決定づけるものとなったと言える。

「ゼロへの道はここからスタートする」と逢坂と山崎は異口同音に語る。震災から時間が経過し、ともすればその記憶も風化しかねない中、立憲民主党は新たなエネルギーの未来を描いた。「ROAD TO ZERO」は、立憲民主党がゼロへの道へのスタートを切るまでの、その足跡の記録だ。

原発ゼロ基本法案の前文には、以下のような言葉がある。「原発廃止・エネルギー転換の実現は未来への希望です」。この法案は、原発廃炉への筋道を示し、再生可能エネルギーを強力に推進することで、国民が願う「ゼロへの道」を切り拓き、未来への希望を灯すものだ。

今後、立憲民主党は、原発ゼロ基本法に続き、具体的なエネルギー政策をまとめた原発ゼロエネルギー転換ロードマップを作成することを発表している。震災から7年が経過したいま、立憲民主党は改めて原発ゼロへと向かって、国民とともに歩んでいる。

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